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Twitterを通してブレイクし、一部でカルト的な人気を獲得するも、突如アカウントを削除し、一年半活動を休止していたラッパー・徳利。2016年夏、そんな彼が、ひたすら清澄白河の良さを説き続ける楽曲「清澄白河」のMVを発表した。監修は、動画「仕込みiPhone」によって世界各国で話題となった映像監督/俳優の森翔太(参照記事)。徳利と同じく、SNSによって活動の地盤を得た2人が悲願の(?)コラボレーションを叶えたMVについて、監督を務めた映像作家・国分智之とともに振り返ってもらった。

text_奥村健太郎 photo_山口雄太郎
左から森翔太、徳利、国分智之

Twitterをやめて数年。ついに叶った徳利と森のコラボレーション

——徳利として数年ぶりの発表となった今回のMVですが、まずは活動を休止していた理由を聞かせてもらえますか?

徳利 2009年からTwitterを始めて、気がついたら「徳利」という名前で活動してきたんですけど、インターネットと近づきすぎたせいか、「徳利」のことを考えすぎて疲れてしまって。それで、2013年の冬にTwitterをやめたんです。でも「一旦やめてみようかな」ぐらいのテンションで、ドラマチックな理由があるわけでもなかったです。

——活動休止期間中にはどんなことを?

徳利 普通に粛々と働いて、って感じですかね…。数ヶ月ごとに、思い出したかのように突然サンクラ(※soundcloud)に曲をアップしていました。(Twitterを)やめたからといって、何かが劇的に変わることはなかったですね。しばらくインターネットとは距離を置こうと思っていたんですけど、結局(ネットを)チェックしてしまっていたので。こう言ってしまうと悲壮感があるけど、徐々に「俺は『徳利から逃げている』だけなんじゃないか?」と思うようになってきて。自分の中にふつふつとしたものが溜まってきたから、またやり始めたという感じです。

——森さんは徳利さんのことをもともと知っていたのですか?

森翔太(以下、森) 数年前に仲の良い人から「これを聞け!」って(リンクが)送られてきたのが徳利さんで、一聴して「これはすごいぞ」って思ったのを覚えています。僕と徳利さんは、界隈に認知され始めたのが同じくらいの時期(2012年ごろ)だったんですよ。だから僕は勝手にシンパシーを感じていたし、作風も好きだった。

それでTwitterをフォローして、直接会う前から僕のことをつぶやいてくれたりしてるのを見ていました。その翌年に、ある映像の仕事でモデルとして呼ばれたんですが、そこに徳利さんも(モデルとして)いらっしゃったんです。そしてこれもたまたまですが、その撮影ディレクターの方の事務所で働いていたのが、国分さんだった。だからこの三人は、実は数年前に同じ場所で出会っていたんです。

国分智之(以下、国分) でもその時は挨拶程度の会話しかしていなかったんですよね。

 そう。徳利さんのことはTwitterで知っていたけど、実際会うと何を話せばいいのか分からない。なので会話がない…。不思議な感覚でした。

徳利 僕が森さんの作品で素敵だなと思ったのは、□□□の「ふたりは恋人」のMVでした。あれを観た時に「いつか自分の中で良い曲があったら、森さんに作ってもらいたいなぁ」ってつぶやいてたんですよ。

 それは知らなかったです。MVに出てる女の子がかわいい、っていうツイートは見たんですけど(笑)。

——それ以降、お二人の間に交流はあったのですか?

 全くなかったですね(笑)。徳利さんはTwitterをやめていたし、僕も昨年にTwitterをやめたので。単純にSNSに疲れてしまって。だから今回luteさんからお話をいただいて、第一候補に徳利さんを挙げて、一緒に出来ることになったのは嬉しかったのですが、(そういう状況だったので)最初はどうしようかと迷いましたよ。

昨年から僕のアシスタントをしてくれている国分さんとも「徳利さん、やりたいよね」って盛り上がっていたんですが、「声をかけた手前、かなりプレッシャーだぞ」とも思って…。自分の中では何をやればいいかわからなかったです。国分さんと話しながら、MVの方向性を決めていきました。

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