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新作『しみ』から読み解く、音楽になりたかった坂口恭平とその表現

小説家、ミュージシャン、絵描き、建築家…。双極性障害であることを公表し、1つの肩書に収まることなく、幅広い領域を横断して表現活動を続ける坂口恭平。

21歳の坂口恭平の見ていた世界をそのまま言葉にしたという最新作『しみ』は、彼の過ごした青春の瑞々しい記録であり、50〜60年代アメリカで音楽、映画、絵画など全ての芸術をドラッグとともに巻き込み、大きなムーブメントになったビート文学の影響を想像させられる小説だ。そんな作品を書き終えた坂口に、音楽との関わりから現在の多彩な表現に至るまでを聞いた。

photo_Natsuki Kuroda text_Yosuke Noji edit_Shun Takeda

躁鬱だからこそ見えたビートニクの世界

――現代のビート文学とも評されている新作小説『しみ』ですが、実際に彼らからの影響は受けているんでしょうか?

全部読めているわけじゃないけど、彼らの存在そのものが大好き。普通、人間は成長するにつれて社会の規範に則って理性的に生きると思うんだけど、ジャック・ケルアック(編集部註:ビートジェネレーションを代表する作家)たちは、既存の体制に順応しようとせずに、人間の底知れない感覚だけを信じて行動していた。その姿勢には少なからず影響を受けているよ。

――その後様々なカウンターカルチャーとも接続されていく彼らの活動は、ドラッグと切っても切れない関係にあるとも言われますよね。

彼らがドラッグを通じて見ていた世界を、俺の場合はひどい躁鬱によってシラフで見ることができる。天然でアシッドを食っているようなもんだからね(笑)。本当にラッキーだと思うよ。

――文体やトーンからもビート文学や、ラテンアメリカ文学からの影響を感じました。

手法を意識したというより、単純に俺の見ている景色をそのまま体験してもらいたかっただけかな。今までは自分でも厳密じゃないのにうまく言葉をポンって持ってきて、こうです!って言い切っていたところがある。みんなもキチンと説明された方がわかりやすいと思うし、過去の新書なんかではそうしていた。

でも、それだけだと面白くないんだよ。もっと人の頭の中をグルングルンかき回したい。それが小説だとできると思ったから、『しみ』では21歳のときの俺が見ていた世界をそのまま言葉にしたの。

――確かに『独立国家の作り方』が発売されてから、坂口さん自身ある種のカルトスター的に見られる向きもあったように思います。

そうそう。新聞から「この社会問題について意見を下さい」なんて依頼もあったぐらいで、本当に疲れたよ。でも、乗っかろうと思えば乗っかれる状況だったのかもしれないけど、俺の場合はそこでしっかり鬱になるからね。

俺はどこかに所属したくないし、徒党も組みたくないし、人とわかりあいたくないからさ。

――でも、作品を通じていろんな人と対話しているのでは?

俺の場合は、わかりあうために対話をしているというより、常に人とのズレを確認するために対話をしている。『しみ』では俺の世界を疑似体験してもらうことで読者と対話していると思っていて、それによって自分の感覚を確かめているんだよ。対話がないと自分の感覚が立体化されないからさ。現に俺から君を見ている映像と、君が俺を見ている映像だってそれぞれ違うよね。

――『現実脱出論』など過去の書籍でも自分の感じる現実と、他人の感じる現実との違いについて書かれてましたね。

俺は現実をどう知覚するか?ってところに対する関心がすごく強いから。たとえば、子どものときに遊んでいた場所に今行くと、「こんなに小さかったんだ!」って驚くことあるじゃん。ひとくちに現実って言っても、そういうふうに人や状況によって現実も明らかに違うからね。みんな同じ現実を見ているわけではない。

音楽にはなりたかったけど、音楽家にはなりたくなかった

――『しみ』で描いた21歳のとき、実際にどのような生活をしてたんですか?

下北沢・高円寺で生活していた時代。当時は音楽でしかコミュニケーションを取りたくなかったから、作中にも出てくるヨギンたちと集まって、毎日即興で曲を作ってギターを弾きながら歌っていた。ずっとその状態が続けば良かったんだけど、どうもうまいこといかなくて(笑)。

――音楽漬けの生活だったんですね。当時よく聴いていた音楽は?

ダモ鈴木さんに会いに行ったぐらい、当時はCANばっかり聴いていた。でも、俺はとにかくBECKが大好きで、高校時代からどうやったら『ODELAY』や『One Foot in the Grave』を作れるか?ってことしか考えてなかったね。

単純にロック一辺倒っていうんじゃなくて、そこにブルースとかラップとか、わけわかんない要素がごちゃまぜになっていたところがかっこよくて、俺もそうなりたいっていうイメージはずっとあった。言葉にすると恥ずかしいけど(笑)。

Beck「Where It’s At」

――音楽一本に絞って活動していこうとは思わなかったんですか?

音楽にはなりたかったけど、音楽家にはなりたくなかったんだよ。

――音楽になりたかった?

音楽みたいに情動をリズムにして動いている人になりたかった。普通は「人にこう見られたい!」っていう欲望が生まれると思うんだけど、そんなんじゃなくて直感だけを頼りに行動している人。まさにビート・ジェネレーションの作家たちみたいな。俺がそれを最も実践していたのが21歳のときで、その時代が常に自分にとっての原点だから。

――『しみ』は、まさにその時代のことを小説にしたんですね。

今も直感を頼りにするっていう感覚は全然消えていないから、単なる回顧録でもないんだけどね。でも、当時の俺が時間や空間をどう知覚していたか?っていうことは大切にしたいから『しみ』を書いたのかもしれない。

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