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音楽偏愛家 Vol.2|立川シネマシティ企画室長・遠山武志

たとえミュージシャンにあらずとも、常人とは別次元の熱量で音楽を愛する人々をフィーチャーする「音楽偏愛家」。第2回目に登場するのは、立川シネマシティの企画室長・遠山武志氏だ。

photo_Ryuichi Taniura text_Takanori Kuroda edit_Kentaro Okumura 撮影協力_立川シネマシティ

1994年10月4日に開館し、「都心初のシネコン」として話題を集めた立川シネマシティ。世界で初めてDCS(デジタリー・コントロールド・サウンドシステム)を導入するなど、当初から音響システムにこだわっていた同館を一躍有名にしたのが、遠山氏の手がけた「極上音響上映」や「極上爆音上映」である。特に、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)の極上爆音上映と、音響監督の岩浪美和が音響調整監修を行った『ガールズ&パンツァー 劇場版』(2015年)が、空前の大ヒットを記録したのは記憶に新しい。

「映画館で映画を見る」という体験を、より特別なものにする数々のユニークな企画は、一体どのようにして思いつき、実現してきたのだろうか。 最近は6000万円を投じてスピーカーを導入し、映画業界を震撼させた遠山氏に話を聞いた。

マイケル愛が高じた演出が、「音響」の面白さ・価値を一般に知らしめるきっかけに

──遠山さんが、立川シネマシティで「極上音響上映」などをやり始めた最初のきっかけは?

マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』(2009年)です。僕はもともとシネマシティにアルバイトで入って、2004年に新館としてオープンした「シネマ・ツー」のオープンに携わりました。同年に社員として入社し、しばらくして念願だったミニシアター系作品の上映をやらせてもらえるようになって、まずは大好きなウディ・アレンの『マッチポイント』(2005年)を上映したんですね。シネコンでミニシアター系作品が上映されるのはまだ当時は珍しかったんです。派手な結果は得られませんでしたが、きちんと集客も出来ました。この「単館系作品をシネコンで常時上映していく」という仕事が映画に関する初めての成果でしたね。それで、ようやく僕もそこそこ好きなことが出来るポジションになってきた時に、マイケルの映画がやってきたわけです。

──『THIS IS IT』は、2009年6月25日のマイケル急死を受けて作られたドキュメンタリー映画でした。

僕は、生まれて初めて自分で買ったCDがマイケルの『BAD』で、大好きだったんです。あの映画が公開された時って、それまでのマイケルに対する大バッシングが一転して、再評価する流れになっていたじゃないですか。それもあって「この映画は間違いなく当たる」と予想して、色々仕掛けたんです。まず「この映画はライブ感覚で観て欲しい」と思い、「シネマ・ツー」のサウンドシステムにもともと組み込んであったPAの音響調整卓を使って、音響家の方に音響をこの作品に最適な音に調整してもらいました。加えて初日はシネマシティ独自の特典として、全員にサイリウムを配りました。行われるはずだったライブのように楽しんで頂きたくて、その気分を盛り上げるためです。ありがたいことに上映が始まった瞬間にわーっと拍手が上がって、まさにライブハウスのような空間になりました。

──映画自体も大ヒットしましたよね。

最初は2週間限定だったのですが、大好評を頂いて2週間の上映追加となり、ほぼ全ての回が満席状態でした。その後も何度か再上映を繰り返し、その度に新しい仕掛けを用意しました。オールスタンディングにして、ボリュームもライブハウスと同じくらい上げ、キックの低音もガンガンに効かせて、まさに「本物のライブ」状態。さらに、アンコールに応えるように、終映後明るくなった場内を再び暗転させて、暗闇の中で「SMILE」という楽曲を流したんです。「SMILE」って、チャールズ・チャップリンが自身の映画『モダン・タイムス』のために作った曲で、それをマイケルが歌っている(『HIStory』に収録)のですが、彼が一番愛した曲なんですよ。そしてスクリーンには歌詞を流しました。英詞と、ファンへのメッセージにも読み取れるような訳詞をつけて。ファンにとってはとても重要な曲ですので、思わずその場で泣き崩れる方もいらっしゃいました。

──マイケルの本当のファンじゃないと思いつかない仕掛けですよね。

それがお客様にも伝わったのかなと思います。「どうやらあの映画館には、筋金入りのマイケルファンがいて、マイケルの音楽を伝えるためにすごいことをしている」と(笑)。「音響」という目に見えないものに「物語」を与えられたことが、一般の人にまで届いた理由だと思います。そのことでそれまではオーディオマニアや映画マニアだけのものだった「音響」の面白さや価値が、一気に浸透したんです。

──当時はまだTwitterもFacebookも、国内では今ほど普及してなかったですよね?

mixiのコミュニティーで広まった部分は大きいと思います。それからブログ。当時はブロガーの影響力がとても強かったので、マイケルファンのブロガー50人ほどを「音響調整レポーター」として調整の現場に招待し、その様子をブログで拡散するなどしてもらいました。無調整の時の音と、音響調整を施した音って、聴き比べてもらうと、もう「魔法か!」ってくらい印象が変わるんですよ。それを是非体感してもらいたくて……。いつかこの「聴き比べ」も、エンターテイメントにしたいと思っているんですけどね。

──それは是非、楽しみにしています。ところで私自身、これまでいくつか他館の爆音上映を回ったのですが、正直どうも苦手だったんですよ。そもそも存在してない帯域を無理やり上げたり、ただただピーキーなだけで耳が痛くなったり……。

「音」も食べ物と同じで正解はありませんからね。ミシュラン三つ星レストランの味を全員が美味しいと思うわけではなく、激辛やドカ盛りや濃い味付けが好きな方もいらっしゃいます。それぞれの音にファンがいる。シネマシティの方針としては「あくまでも素材を活かしつつ磨く」という考え方です。主に新作を扱うので、何も知らずにいらっしゃったお客様でも楽しんでいただけるということを第一に考えるからです。まぁ、作品によっては大暴れすることもありますが(笑)。

──でも、シネマシティの「極上音響上映」や「極上爆音上映」は、全くそういう感覚がなく。低音だけでなく中高域のヌケも良い上に、耳が痛くならないのはすごいなと思うんですよね。シネマシティの音響家の方がすごいのでしょうか。

おっしゃるように、今お願いしている音響家の方は、それこそ五木ひろしさんの時代から、DREAMS COME TRUEや松任谷由実さんなどのコンサートも手がけてきたようなべテランの方。そういう一流の方にお願いして、相当細かく調整してもらっていますね。そもそもの建築や音響機器が非常に高性能なものであることも大きいです。

──遠山さん自身は、もともと音響に対するこだわりはあったのですか?

実は、むしろ「音響にこだわるのは反対派」だったんですよ(笑)。マイケルのルーツを辿っていくうちに、R&Bはもちろん、戦前のブルースやジャズなどの古い音源もよく聴いていました。だから「どんな再生装置を使おうが、いいものはいい」「再生装置で音質を上げたって、それが音楽の本質ではない」っていう考え方の持ち主だったんです。最近こそ、無駄に高いイヤホン買うくらいに「音響大好き」ですけどね(笑)。ただ当初の考えは忘れず、あんまりマニアックに音響を追求しないようにしています。それはプロの音響家にお任せして、僕の仕事としてはあくまでも一般のお客様の感覚を忘れないようにしたい。音を聴かせることが目的ではなく、作品の物語や感情を伝えるために音を研ぎ澄ましているんです。音響はあくまで物語を伝えるための手段・手法だと思っています。

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