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インディペンデントムービーを中心にセレクトした作品を、その製作者のインタビューとともに2週間限定のWeb上映を行う「lute cinema」。第2弾作品は、2014年に公開された『小村は何故、真顔で涙を流したのか?-WHY DID KOMURA CRY?-』。

バイトリーダーの小村昌士は、同棲している彼女がいるのにバイト先の可愛い後輩に恋をしてしまう。とっくに愛情はなくなり、嫌なところばかり目につく彼女とこのまま惰性で付き合い続け、一生を終えるのか。それとも、可愛い後輩にダメ元でアタックするべきなのか。多かれ少なかれ、誰しもが人生の中で迫られる「究極の選択」を、少し毒のあるユーモアとペーソスで描いた意欲作だ。

監督は大阪出身の映像作家、二宮健。幼い頃から映画制作をはじめ、現在は様々な映像制作を行っている1991年生まれの若き俊英だ。4月15日からは新作『MATSUMOTO TRIBE』が公開され、すでに次の映画の準備にも取り掛かっているという二宮。作品ごとにスタイルを変えながら、休むことなく作り続ける彼のモチベーションは、一体どこにあるのだろうか。

photo_南 阿沙美 text_黒田隆憲 edit_奥村健太郎

映画作りには「内面を表現する繊細さ」と「集団をまとめるリーダーシップ」の両方が必要

——幼少期から映画を撮っていたそうですね。

はい。映画監督という仕事があると知って「なりたい!」って思ったのは、どうやら幼稚園くらいからみたいです。小さい頃って、好きだと思ったことは自分でもやってみたくなるじゃないですか。僕にとっては映画もその延長線上にあったんだと思います。映画を観るのが好きだから、自分でもやってみたいなって。物心ついた時には「自分は映画を撮る人間だ!」と思っていました。

——実際に作り始めたのはいつ頃から?

小学4年生の時にレゴから「スティーブン・スピルバーグ ムービーメーカー」という、レゴで映画を作るオモチャが発売されたんです。結構高かったんですけど、今思うとすごい商品で。レゴブロックの中に組み込めるカメラと、「ノンリニア編集」の子ども版みたいなソフトが付属されていた。それが欲しかったんですけど、買ってもらえなかったから、家にあった古いビデオカメラを使って自分で撮り始めて。それが最初でしたね。コマ送りでちょっとずつ撮っていくという…今考えると「何やってんだ?」って感じですけど(笑)。そのうちに、友達に頼んで出演してもらって作品を作るのがどんどん楽しくなって「撮るという遊び」に夢中になっていきました。

——映画を作るにあたって、影響を受けた監督や、特に好きな映像監督作家などはいますか?

「この時代は、この人」みたいな感じで、年代ごとにいます。『スターウォーズ エピソード4』を観て映画を撮りたいと思ったので、最初はやっぱりジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグ。映画監督と言えば、まずはスピルバーグの名前を知る、みたいなところあるじゃないですか。中学生になるとまた新しい監督に出会って、高校、大学…と、続いてきて。未だに「あ、こんな監督がいるんだ」って思える出会いがあります。最近で言うと、グザヴィエ・ドランの存在は同世代ということもあって、とても刺激的です。彼の作品は新作が公開される度に観に行きます。今の時代に好きな監督にドランって答えても普通すぎますよね(笑)。

——では、ご自身が映画を撮る上ではどの行程を大切にしていますか?

スタッフやキャストに、その作品に対する自分の熱意を伝えるということ。映画は一人で作ることはできないので、みんなの士気を上げるのがとても大事なんです。「よし、いいもの作ろう!」っていう思いを、一人ひとりから引き出していく。結局のところ、監督という仕事において「実務」は少なくて、ほとんどが椅子に座って指示を出しているだけなので(笑)。

——そういう意味では、監督って人としての力、引率力なども問われますね。

そうなんですよ。それまでずっと一人で作っていたんですけど、大学に入った時に「監督が実力として問われるものの、半分くらいはリーダーシップなんだ」と痛感しました。自分の思いや「内なるもの」を映画に投影するのに、使うツールはすごく「体育会系」な側面があるんです。

——映画制作の現場は、チームでの作業ゆえに、コミュニケーション能力や社会性が問われる場なんですね。

そう。その二面性みたいなものって、すごく器用に使い分けていかないと、映画監督であり続けるのは難しいのかなと思います。この使い分けが(性格的に)向いていなくて撮れなくなってしまう人も沢山いるし、逆に何も撮りたいものがないのに、リーダーシップだけで撮り続けている人もいます。僕も大学の頃は苦労しましたけど「この壁は絶対に乗り越えてやる」と思って頑張りました。大学の頃なんてお金がないから、スタッフやキャストにギャラは払えない。だからこそ「こいつのために何かしてやりたい」って思ってもらう必要があって、そのためには嘘でもいいから、自分に「人徳がある雰囲気」をあらゆるシーンで演出していかないといけなかった(笑)。

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