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「少しだけ楽になりました」映画『この世界の片隅に』、ドラマ『100万円の女たち』を経たコトリンゴの現在

昨年大ヒットした映画『この世界の片隅に』の音楽を手がけ、より広くその名と才能を世間に知らしめたコトリンゴ。彼女の最新曲は、RADWIMPS・野田洋次郎が主演を務めたテレビ東京(ほか、Netflix、BSジャパン)のドラマ『100万円の女たち』の主題歌「漂う感情」だ。歌とピアノとストリングスで構成された清廉な1曲が、ミステリアスなドラマに癒やしと不思議な浮遊感を与えている。

この曲名は、野田演じる小説家の主人公が劇中で書く小説のタイトルから来ている。コトリンゴがその小説の内容を想像しながら、作られたという。

今回はコトリンゴに、楽曲「漂う感情」の制作過程から、luteプロデュースで発表されたMVの撮影秘話までを話してもらった。さらに、『この世界の片隅に』公開以後、自身に起きた“ある変化”も明かされる。

text_Mami Naruta, photo_Misaki Ichimura, edit_Michi Sugawara

密室ミステリー×室内楽ができるまで

――新曲「漂う感情」は、テレビドラマ『100万円の女たち』の主題歌として書き下ろした楽曲ですね。

曲を作る段階ではまだドラマの映像がなかったので、マンガの原作を読みました。主人公の道間慎(みちま・しん)さんが書いた小説「漂う感情」がお話のキーになっていて、その内容を想像しながら書いたんです。タイトルもそのまま曲に使わせていただきました。

ドラマのプロデューサーさんは、私の曲の中で「誰か私を」と「悲しくてやりきれない」がすごく好きだと言ってくださっていたので、「その2曲のような雰囲気で」という(プロデューサーの)希望もありましたね。

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――コトリンゴさんの考えた小説「漂う感情」はどういったものでしたか?

厳密には、小説の中身をあれこれ考えたっていうわけではないんです。

私なりに「漂う感情」というタイトルから思い浮かぶ景色…。原作でもドラマでも小説の内容はおぼろげにしかわからないんですけど、モノローグで「僕の小説では誰も死なない」っていうヒントがあったので、そこは踏まえました。

あと道間さんの、周りの状況をただ眺めているというぼんやりした感じと、心に深い傷を負っていろんなものを遮断してるような感じも、曲に入れたいと思いました。ラストに向けて、道間さんの心がほぐれていくお話の流れに寄り添えるような曲になれたらいいなあって。

――タイトル通り、漂っているような浮遊感のある曲ができましたね。歌詞も「きれいな家が並んでる 電車の中から眺めてる」といった俯瞰での情景描写から始まり、サビに進むと生きることや幸せになることへの肯定感が強く感じられました。

コード進行でも、①→②→①みたいな、一度行ったところに戻るという展開を何カ所か使って、迷ってる感じを出してみたんです。間奏に入るところも“解決しない和音”でもどかしさを表現したり。

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――『100万円の女たち』は主に部屋の中で進んでいくお話なので、それに合わせて室内楽のような編成にしたそうですね。

道間さんのお家で女の人たちの会話が飛び交って、道間さん本人も何が起きてるかわからないまま、女性が1人ずつ死んでいなくなる…そんな室内ミステリーの傍らで、カルテットが演奏してる画が頭の中に浮かんだんです。演劇みたいに舞台袖で演奏してる中、お話が進んでいくような。なので、(音源の)ミックスにも室内の感じが出たらいいなと思いました。

――“室内の感じ”を曲に落とし込むとなると、具体的にはどういった工夫をされたのですか?

こぢんまりとした編成になるので、一番シンプルなのは歌とピアノだけです。でも、もう少し包み込むような音が欲しくて、弦カル(テット)も入れてみました。

温かい音で録ることにこだわった

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――「シンフォニー」や「ハーモニー」という歌詞も何度か出てきますが、歌とピアノとストリングスが三位一体となって、それぞれを邪魔しないよう気を配って作られた繊細な音だと思いました。

最初は、“カルテットと歌だけ”というのも意外とやったことがないから良いかもと思ったんです。

ただ、(徳澤)青弦さんからは「ストリングスだけだと色彩が出にくいかもね」と言われて、難しいことがわかって。それで、ピアノと最後にウッドベースを入れて、ちょっと引き締まった感じになりました。

――レコーディングに参加した徳澤青弦stringsの皆さんは、『この世界の片隅に』のサウンドトラックや過去の作品でもご一緒している旧知の仲ですね。

いつも青弦さんに声をおかけして、青弦さんがレコーディングの日に動ける演者の方々を呼んでくださいます。素晴らしい演奏家の方々です。

――ボーカルについて心がけたポイントがあれば教えてください。

今、家にあるマイクは、よく楽器録りで使うクリアに録れるものと、ほんわりした音で録れるリボンマイクの2つなんですけど、今回の歌録りは後者のほんわり感でいこうかな、と。温かい音で録ることにこだわりたかったので、自宅にあるリボンマイクとエンジニアさんにお借りしたマイクプリ(アンプ)を使いました。ただ、ほんわりが過ぎると、声がこもって聞こえて“抜け”がなくなっちゃうので、そこは最終的なミックスとマスタリングで調整していただきました。

スタジオでよく使うコンデンサーマイクは性能が良い分、高い音域の声もクリアに録れるんですけど、私の声はけっこう空気を含んでいるので、マイクによってはそのシャーッとした(空気の)音が耳障りに聞こえちゃうときもあって……。息の部分が良い感じに録れるかどうかは、同じ製品のマイクでも個体差があるし、マイクとの相性とか、その日の調子とか、時期とかによって変わるんですね。

――主演の野田洋次郎さんもこの曲を絶賛されていました。結果的に、ドラマ『100万円の女たち』は、『君の名は。』と『この世界の片隅に』という去年の大ヒット映画に携わった2つの才能がコラボレーションするという貴重な機会になりましたね。

面白いつながりですよねえ。撮影現場に一度遊びに行かせていただいたんですけど、野田さんのお芝居は、演技のできない私からしたら感心することばっかりで。野田さんは「セリフがたくさんあるわけじゃないから、そこまで大変じゃないんですよ」とおっしゃってたんですけど、(劇中で)唇を奪われたりもしてて、私が必要以上にドキドキしてしまいました(笑)。でもすごく自然で、原作の道間さんのイメージに合ってたので、さすがだなあと思いましたね。

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