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「私を褒めるギャルの顔、本当にキラキラしてた。」カネコアヤノへの25の質問

“25歳”以下のアーティストのMVを、映像作家が制作費“25万円”で作り上げるluteオリジナル企画「U-25」。インタビューパートでは、若手アーティストの素顔に、“25個”の質問で迫る! 第1回に登場するアーティストは、自身で主演を務めたMV「さよーならあなた」が、変態的かつキュートなラブコメ作品に仕上がったカネコアヤノ。

text_奥村健太郎 photo_山口雄太郎

大学を卒業後、横浜から上京し、杉並区から歌を紡ぐシンガーソングライターのカネコアヤノ。2016年4月に弾き語りアルバム『hug』を発表、2016年11月にはEP『さよーならあなた』をリリースする一方で、市川悠輔監督が手がける映画『恋文X』や今泉力哉監督の『退屈な日々にさようならを』に出演するなど、すでに表現の範囲は音楽以外へも広がりを見せている。触れると失われそうな繊細さと、まっすぐな力強さを兼ね備える彼女の世界観を作る要素とは。

 

導かれるように歩み始めた、音楽の道

Q1.今住んでいる場所は?

杉並区。もうすぐ住みはじめて1年半くらいかな。

Q2.出身は?

横浜。ずっと実家に暮らしてて、大学卒業と同時に、こっち(東京)に出てきた。

Q3.上京の一番の目的は?

活動しはじめてから3年くらい実家で曲を作っていたけど、「もうこの環境で作れる曲は尽きたな」って思ったから。大学卒業というタイミングで今だ!って、けっこう強引に出てきた。

Q4. 杉並区に住んだ理由は?

バイト先から自転車で通える圏内に住んでる。

Q5. 住んでいる環境や場所からどんな影響を受ける?

家に居ると、外からいろんな音が聞こえてくる。窓から入る光や、家の前の小学生の子どもたちの声とか。一人で暮らすようになって、洗濯物を干す時なんかにそういう「外の音」を聞くようになった。自分の歌にも影響を与えてると思う。

Q6.一日の中でどんな時間が好き?

深夜かなぁ。あと日当たりがめちゃくちゃいいから、朝10時くらいに朝日がガーっと入ってきてくる、あの感じもとても好き。昼間も身体が元気になる気がするから好きだし…時間より天気が大事かも。晴れていればどの時間も好き(笑)。

Q7.初めて楽器に触れたのはいつ?

小学校低学年の時。ピアノを習ってたんだけど、練習が超イヤで1、2年で辞めちゃって、今は「ねこふんじゃった」くらいしか弾けない(笑)。その後、中3でギターを始めたけど、それも練習がイヤになって、高2から大学1年くらいまで、全然触ってなかった。

Q8. 高校の時はどんな音楽活動をしていた?

バンドが組みたかったんだけど、高校にはバンドをしたい友達がいなくて、代わりに新宿とか下北にライブを観に行きまくってた。一番好きだったのは、シャムキャッツとか、(毛皮の)マリーズとか。「バンドしてるぜ!」っていうキラキラにずっと憧れていて、でもバンドができないから、客席からその気分に浸ってた。

Q9.作曲し始めたのはいつ?

高校の終わりに、ライブハウスで仲良くなった友達の一人が「バンドやろうよ」って声をかけてくれたのがきっかけ。あまり活発に活動しなかったけど、そのバンドのために数曲を作ったのが最初。「都合のいいやつ」(自主制作アルバム『印税生活』に収録)とかはその頃の曲。

Q10.初期の音楽活動で印象的な出来事は?

高校の学園祭で、コピバンで一曲だけ、チャットモンチーの「女子たちに明日はない」を演奏したんです。そしたら、演奏後に一度も喋ったことないギャルが駆け寄ってきて「カネコさん、本当にかっこよかったよ!感動しちゃった!」って言ってくれて、そのギャルと仲良くなれたの。その時に「うわ〜、バンドって最高だな!人に褒められるってこんなに嬉しいんだ!」って思った。それが忘れられない。私を褒めるギャルの顔、本当にキラキラしてた。

Q11. 昔から音楽で人前に立ちたいと思っていた?

いやいや、私、すごくシャイなんですよ!昔から大勢の前で発表したり、意見を言うことができなくて。そういう状況になると全身が震えて、声が出なくなる。小学校の始業式の時なんて、自分の名前が書いてある場所に一人で座ることもできなくて、私の横にだけお母さんが立ってたんですよ(笑)。そんな性格だから、一人の責任で自分の曲をみんなの前で歌うなんて地獄だと思ってた。

Q12. どのようにして慣れていった?

どうやったんだろう…多分、ずっとこの性格を変えたいと思ってたし、変えられなかったら終わる!って、振り切ったんだと思う。何よりも音楽をやりたかったから。

でもそもそも、一人で音楽活動しようと思って始めたんじゃなくて。ある時、大学の友達に自分の曲を聞かせたら、その子が「お前、天才じゃん!」って言ってくれて。その子は私が以前所属していた事務所のマネージャーと幼馴染で、その人も私の曲を気に入ってくれて。その後「アルバムを録ろう!」ということになり、気づいたらレコーディングしていて、いつの間にかCDがプレスされていて、ライブすることが決まってた(笑)。ちょっと強引にでも、自分を引っ張ってくれる人がたくさんいたから、一人で音楽をやれるようになったんだと思う。

 

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